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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1990号 判決 1979年6月29日

控訴人

大河原幸作

控訴人

大河原貞子

右両名訴訟代理人

山本政敏

外二名

被控訴人

東京三協信用金庫

右代表者

門廻興勝

右訴訟代理人

黒沢子之松

佐藤吉将

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

本件請求原因第一ないし第四の事実は当事者間に争がないので、控訴人ら主張のような更新料授受の事実たる慣習ないし慣習法があるか否かについて検討する。

一<証拠>によると、社団法人日本不動産鑑定協会所属の研究団体である日税不動産鑑定士会は、昭和四八年一月一日頃から昭和五二年一月一日頃までの間の主として東京二三区内における建物所有の目的の土地賃貸借が更新される際の更新料の授受の実態について調査し、昭和五二年八月頃この調査の結果をまとめて「更新料(借地期間満了に伴う)の実態調べ」と題する統計表等を作成、発行したことが認められるところ、同表によると、その基礎となつた同都二三区内の調査対象事例は総数二二九件であり、このうち更新料の授受のあつたもの二〇八件(但し、このうち一件は特殊事情ありとして、同表における分析対象からはずされた)、これのなかつたもの二一件となつていることが認められ、このことからすると、更新料の授受のあつた事例の比率の高いことが明らかである。

二しかしながら、問題は、単に右比率の高低ではなく、建物所有を目的とする土地賃貸借における期間の満了にあたり、賃貸人の一方的な請求により当然に相当の更新料の支払義務が賃借人に生ずる旨の事実たる慣習ないし慣習法があるか否かにあるから、更に右更新料が授受され、授受されなかつた経緯につき吟味すべきである。

三同表によると、更新料の授受があつたとする右二〇七件のうち賃借人から支払つた理由につき回答のあつたもの八四件(回答に挙げられた理由の合計は一一〇)についての集計の結果からすると、賃借人において更新料を支払つた理由として、「再三再四請求されたから」、「借地権を確立しておきたかつたから」、「借地権の消滅をおそれたから」、「支払う必要はないと認識していたが訴訟するには金もかかることだつたから」、「地主と争うのがいやだつたから」等賃借権の安定、確保のためだつたとする回答理由数が前記回答に挙げられた理由の総数に対し49.1パーセントであること、他方「近所の人が払つているので近所の付合と思つて支払つた」とする回答理由数の同比率は13.6パーセントであり、「支払うことが慣行だと思つて支払つた」とする回答率は31.9パーセント、「支払い得る額だつたので抵抗なく支払つた」とする回答率は1.8パーセントであることが認められる。また、更新料を受領した地主側の回答に挙げられた理由一〇六(回答実数は八八件)中「もらうことが当然だと認識してもらつた」とするものの比率が63.2パーセントであることが認められる。

四次に同表によると、更新料の授受のなかつた右二一件につき同数の賃借人からの回答(回答に挙げられた理由の合計は二四)についての集計の結果からすると、更新料を支払わなかつた理由として、「支払う法的根拠がないから支払わなかつた」とする回答理由数の右回答に挙げられた理由の総数に対する比率が33.3パーセントであり、前同様右二一件のうち地主から回答のあつたもの(回答数二〇)に挙げられた理由(この理由の合計は二二)の集計の結果からすると、更新料を受取らなかつた理由として、「請求するだけの法的根拠がないと思つてあきらめた」とする回答理由数の比率が22.8パーセント、「請求はしたが断られたので、そのままになつてしまつた」とするものが31.8パーセントであることが認められる。

五以上認定した<証拠>の調査、統計については、その対象件数が東京都二三区内の借地につき約四年間に期間満了となつたもののうちの二二九件ときわめて少数であるうえ、そのうち更新料の授受があつた事例につき当事者からその理由を回答したものの実数は借地人側も地主側もその半数に達しないことが認められ、更新料の授受につき、当事者の意識等その実態を明らかにし、前記事実たる慣習ないし慣習法の存否を判断する資料としては不十分であると言わざるをえない。

さらに、右三の認定からすると、更新料の授受のあつた事例のうち、賃借人が自己の賃借権を安定させ、確保するため更新料を支払つた事例におけるその支払は、必ずしも契約更新時における賃借人の義務としてこれを支払つたものとは限られず、この事例のあること及びその比率は前記二の事実たる慣習の存在を支えるものとなし難い。

また、前同様右三の認定からすると、更新料の授受のあつた事例のうち、「近所付合と思つて」又は「慣習と思つて」更新料を支払つた旨の回答理由数がそれぞれ相当の比率にのぼることが認められるけれども、右各比率はこれらを合計しても五〇パーセントに満たない。また、これらの回答を含め、更新料の授受があつた事例において、賃貸借の法定更新の要件の存在が明確であるのに、なおかつ右の支払がなされたのかどうかについては必ずしも明確でなく、これらの点において、右事例の存在もなお前記二の事実たる慣習の存在を認定するに足りないものである。

なお、更新料を受領した地主の回答中、その理由としてこれをもらうのが当然と認識していた趣旨のものが多数を占めるのは、既にこれを受領した者の回答としては当然であつて、右事実をもつて前記の事実たる慣習の存在の証左とすることはできない。

六さらに、四の認定からすると、賃貸人、賃借人らにおいて更新料の授受についてこれの法的根拠はないものあるいは強く要求できないものと考えている事例もかなりあることが認められるのである。

七以上要するに、<証拠>によつても右二の事実たる慣習存在を認めるに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、固より同二の慣習法の存在を認むべき証拠はない。

右の次第で、控訴人らの本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がなく、棄却を免れないものであり、結論においてこれと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条第一項本文に従い主文のとおり判決する。

(外山四郎 海老塚和衛 鬼頭季郎)

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